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志方公民館エリア 中世・戦国時代浪漫コース

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中世・戦国時代浪漫コース

このコースのポイント

所要時間2時間27分

意外と知られていませんが、加古川にも中世・戦国時代の遺跡や城跡が数多く残っています。

有名な武将、秀吉にまつわる逸話が残るこの地域でかの時代の浪漫に浸ってみてはいかがでしょうか。

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A:志方公民館(兵庫県加古川市志方町志方町1758−3)

次の目的地までの移動手段と時間徒歩 18分

B:志方八幡神社(兵庫県加古川市志方町志方町301-2)

次の目的地までの移動手段と時間徒歩 11分

C:馬橋地蔵(兵庫県加古川市志方町東中)

次の目的地までの移動手段と時間徒歩 14分

D:安楽寺(兵庫県加古川市志方町細工所631)
安楽寺
城山のふもとにある浄土宗の寺院で、本噂は阿弥陀如来(あみだにょらい)。
もとは真言宗の寺院で、弘法大師の弟子、真紹上人(しんしょうしょうにん)の開山。
811年に山頂に無量寿院を創建したのに始まり、本光山中道寺と改号し、長い間山頂にあったが、1380年赤松氏が城を築く際に山麓に移された。
赤松氏の没落後、城主櫛橋(くしはし)氏によって浄土宗寺院として再建された。

次の目的地までの移動手段と時間徒歩 28分

E:志方の城山(兵庫県加古川市志方町岡)
志方の城跡
中道子山(ちゅうどしさん)城[別名:赤松城]があった山。
中道子山城は室町時代に赤松一族が築き、約170年間も続いた東播磨で有数の城。
本丸、二の丸、三の丸にわかれていて、約2000平方メートルの規模をもっている。
登山道は整備され、頂上からは北に七ッ池、東に権現ダム、西に高御位山、南は播磨灘まで見渡せる。

次の目的地までの移動手段と時間徒歩 32分

F:円照寺(兵庫県加古川市志方町廣尾1029)
円照寺
円照寺は花の寺として知られ、さまざまな花が咲き誇る。境内には明応7年(1498年)の年号が刻まれた市指定文化財の銅鐘がある。
この銅鐘はもともと山口県の上野八幡宮(うえのはちまんぐう)にあったものを、秀吉が島津との戦いで陣鐘(じんがね)として使用したと言われている。
帰京の際宮谷附近に捨てたものを志方八幡宮に納めたが、鳴りが悪かったため円照寺に納めたと言われている。

次の目的地までの移動手段と時間徒歩 35分

G:観音寺(兵庫県加古川市志方町志方町720)
観音寺
室町時代、播磨守護であった赤松氏の家臣・櫛橋(くしはし)氏が築城した志方城の跡。
志方城は1578年、櫛橋伊定(これさだ)が城主であったとき、秀吉を総司令官とした信長に反感を覚えていた三木城城主の別所長治(べっしょながはる)に従ったため、信長の命を受け、毛利討伐のために播磨入りした秀吉に攻められ落城した。

次の目的地までの移動手段と時間徒歩 9分

H:志方公民館(兵庫県加古川市志方町志方町1758-3)